第38回清興展受賞作品講評

講評：理事長　��山 知也

内閣総理大臣賞　「静 寂」　濱田 秀美　洋画

これまでの一貫して心象風景を点描により描いてきた作風が、さらに充実し深まり、まさに円熟の境地に至った見事な作品である。
そうした点描で木々も紅葉も秋の輝く空気までも光の粒子と化したかのように美しく表現されている。
しかしそうした画面は、よく見れば現実の写実ではないことは逆光線の中にモチーフがあるにもかかわらずその陰影は描かれてはいないことから分かるのである。
しかし見るものに全く違和感を抱かせない絵画的処理は、情感に流されず実に見事である。ほの暗い林の一隅の紅葉した枝を照らした光の瞬間の美を表現した秀作である。

参議院議長賞　「緑陰」　いせきみちこ　日本画

公園の一隅であろう緑深いモミジのもとに、ベンチが１台佇んでいるように置かれている。
そこだけに黄金の日差し注ぎ、あとは深く美しい緑の空気の中に沈んでいる。そうした静かな空間の中に７匹の白い蝶が飛び、画面を動的なものにして見事である。
蝶の配置も目で追わせることによりさらに画面を生き生きとさせて効果的である。そんな蝶の中に１匹のみベンチにとまっている。
誰かが立ち去ったばかりなのか、これから誰かが訪れるのか・・そんなことも暗示させながら時間をも描いている知的で素晴らしい作品である。

衆議院議長賞　静 寂　井越 良子　洋画

一見しただけで実に穏やかで、ほのぼのとした時間と空気が流れている快い空間が表現されている秀作である。
それは空間全体の様々な色彩を、温かく優しい緑色の空気色で統一しているからである。
それ故画面の色彩構成に破綻がなく、主役の山羊もこうした空気感の中に溶け込んでいるように巧みに表現されている。
作者の優しい思いがストレートに見る側に伝わる傑作である。

文部科学大臣賞　「祭 り」　香西 佐和子　水墨画

永く水墨画を描いてきたベテランの作家である。郷里、岡山県玉島の伝統的な千歳祭りを描いた作品である。
一見して墨・水・和紙の性質を熟知し、それを巧みに扱って表現していることが分かる。牛乳を使ったのか、墨の弾きや飛ばしにより、この祭りの大きなエネルギーの発散が伝わってくるようである。
思い切りのよい力強い線や繊細な震えるような線、そして強く一気に引いた赤と淡い雪洞や提灯の色彩、そうした対比全てがリズミカルに調和し、東洋絵画の本質である気韻生動を見事に表現した秀作である。

外務大臣賞　「Gesicht gelb3」　マルティン ファウゼル　アクリル画

昨年に続くドイツ連邦共和国からの出品である。今年は７作品の出品であった。昨年同様どの作品も、画面の重厚な質感が素晴らしい抽象的作品であった。
中でもこの作品は画面の堅牢な下地の上に絵の具を塗り、ふき取り、盛り上げ、削り引っ掻きを何十回も繰り返し表現されている。
その一見薄塗りに見えるテクスチャーは繊細かつ堅牢な表現が見事であり、日本の作家とはまた異なる強いドイツ魂を感じさせる秀作である。

東京都知事賞　「チベットの人」　張　 生　水墨画

チベットに取材し、そこに住む素朴でたくましい人々に感動し描いた作品であるとのことである。
画面中央の馬の前に堂々として微笑む若い男性とその妻と赤子は、確かに中華の人々とは異なる風貌である。
そしてささやかではあるが深い愛情に満ちた一家であることが画面から滲んでくる。作者の感動に満ちた眼差しが伝わってくる秀作である。
そうした一家を包む背景は、記号のような抽象形態で表現されている。チベットでの取材で得たものであろう作りものではないそうした形態は、画面に馴染み全く違和感のない見事な作品である。

東京都議会議長賞　「メディニラ マグニフィカ」　菊池 有子　ボタニカルアート

熱帯の植物であろうか、画面いっぱいに堂々と描いている。
熱帯植物の肉厚な葉に対比する大振りだが優し気で艶やかに垂れ下がるピンクの花が美しく表現され見事である。
これだけ大きく画面いっぱいにモチーフのみを描くと、植物に限らないがデッサン力が試されるものである。
しかし破綻なく描かれていて、画面から溢れだす生命感に圧倒される秀作である。 まさに気韻生動、堂々たる秀作である。

モンゴル大使館賞　「道志川の秋」　佐藤　忠夫　洋画

山梨と神奈川の山間を流れる道志川沿いの、一見何でもない村の風景であるが、作者の温かく丁寧な眼差しが見て取れる秀作であ る。
この作品の額縁のようにも見える右側の山沿いの小路を抜けると、ぽっかりと山に囲まれたごく普通の現代の住宅の集落が見えている。
風景が額縁となったかのような構図の面白さである。
こうした何げない風景に深い思いを寄せて丁寧に描いた作品は、「絵を描く喜び」という原点の大切さを改めて教えられる見事な作品である。

クサカベ賞　「睡 蓮」　岩原 卓子　ボタニカルアート

水面に浮かぶ睡蓮を斜め上から見て描いている。手前に大きな一群、後方に一輪の花が咲いている睡蓮がある。
水面の広がりを感じさせる巧みな構図が見事である。
しかしこうした作品はとかく水面が水平で平らにならず傾いたり凸凹になったりしがちであるが、この作品は正確に描かれている。
こうした空間を大局的に見ることが出来るデッサン力に基づき、睡蓮を愛情溢れる眼差しで描いた秀作である。

ホルベイン賞　「東京駅１０２年」　岡本 玲子　洋画

東京駅を真正面から描いた作品である。
駅の中で最も多くの人に知られている東京駅を堂々描いている。
古い様式の西洋建築の持つ重厚さと懐かしさ、そして日本建築にはない構築性を客観性と主観性を取り混ぜ見事に描いている。
建物の補色である空のブルーが印象に強く残る傑作である。

清興大賞　「廃絶の跡」　尾高 康次　洋画

しっかりとしたデッサン力に基づき、今や廃墟となった工場跡を確かな描写力で丁寧に描いている。
ここが生き生きと稼働していたころの面影はないが、古く打ち捨てられた鉄骨や錆びだらけのタンクやパイプなどは、かえって絵画的な趣がある。
そしてそうした物たちの配置は、そのまま合目的な秩序のまま残っている。それらを一見写実的に描いているように見せつつ、そうした秩序ある抽象的構成を十分に意識して描いているのである。
山や木々そして鉄骨などが織りなす三角形と縦横の線で構成された、実に知的で見事な秀作である。

清興優賞　「再生の為に腐敗する創造者」　本間 享次　洋画

まだ若い作家である。独特の色彩とフォルムから、一目で彼の作品であることがわかる見事な作品である。
文学的な題名が多少気になるが、それも若さというものであろう。つまり若くして作風が（いわゆる「キャラ」）確立しているのである。
これから先彼がこうした作風を深めつつも、いつかそれを破壊し新しいステップに立てるかが、若くして作風を確立した作家の難しい課題といえる。本格的な作家となれるか否かまさにこれからが正念場である。

清興会理事長賞　「森の少女」　箭中 美智子　洋画

永く洋画を描かれてきた作家である。そして『年齢というものは、絵画表現には関係はない！』ということをあらためて教えられた素晴らしい作品である。
熱帯の深い緑の空間の中、補色である画面中央の南国の女性の肌色と朱色のスカートが強く輝き、画面の印象を深いものとして見事である。
感受性の若々しさによる瑞々しく香しい色彩のみごとなハーモニーに溢れた傑作である。

清興会理事長賞　「夕月夜」　森　多 富　書

今年新設された部門『書』の出品作品である。
古典をしっかりと学ばれ、それを踏まえた上でのびやかに表現された書風は、清潔で知的かつ揺らぎのない美しさである。
一字一字の配列や墨痕鮮やかな所とかすれた所のバランスなど、絵画的に見ても楽しく非の打ちどころがなく、よって空間の紙の白を美しく見せている実に見事な秀作である。

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