第36回清興展受賞作品講評

講評：理事長　��山 知也

内閣総理大臣賞　「陽光のカサレス」手塚 博也（洋画）

海に向かい突き出した半島が、日没の光の中に輝いているスペインの街並みを描いている作品である。
色彩はスパニッシュな赤・黒・黄色と海の深い紺青が、街並みの白壁を印象的に見せている。
構図において街並みは向かって右下から左へ上りまた右上にさらに左上の半島の頂へと連なって行く。 そして半島の先端にある、逆光の中に黒々としたシルエットとなっている塔で終わる。
それはヨーロッパのローマン主義的な構図であり、見る者に画面を歩かせ作者の感動を共有させる仕掛けを意図した知的で巧みな構図である。
さらに半島上部の視線をもう一度戻らせるかのように、下部の街並みの１０件ほどの建物が黄昏の黄金の残光に照らされていて大変印象的である。
神々が見守って来たかの様な幸福な街のたたずまいを、いつくしみを持って描いている事が伝わってくる秀作である。

参議院議長賞　「カラスウリ」澤登 千代子（ボタニカルアート）

風に吹かれるカラスウリの姿である。しかしその画面にはカラスウリの『一生』とでもいう様子が精密で的確なデッサン力で描かれている。
蕾から花が咲き、実を結び、やがてその身も萎み、葉は枯れ落葉してゆく。そうした様子が一画面に描かれている。
カラスウリを通じて『時』さらには『人生』迄感じられるようである。
しかし色彩には暗さがなく、瑞々しい生命感と枯れゆく姿の美が強く感じられる。
また、向かって右から流れるカラスウリの蔓は、画面左下部へとゆくに従って枯れ葉へとなって行き、画面が硬直することを押さえ巧みな構成である。 それにより描かれていない用紙の白い空間を美しく見せている。

衆議院議長賞　「憶う（おもう）」谷村 あつ子（日本画）

黄金色の木漏れ日の中で、物思いにふける少女を感情豊かに描いている。 その少女は正確なデッサン力と日本画独特の陰影を用いない量感表現の彩色により、象徴化され『精神的』とでも言うべき表現になっている。
「あれー」とでも言っているのか、片手を頭に当て戸惑っているかの様なポーズと表情から、この年頃の少女の、複雑な内面が感じ取れる。 そして少女を包む柔らかな慈愛に満ちた黄金色の光は、少女の幸福な過去・現在そして未来を感じさせるものである。
しかし作者は『人生とは、そんなに甘いものばかりではないのだ』とでも言うかのように、上部の葉影にトカゲを目立たないように入れているのである。 様々なことを見る者に感じ考えさせる重厚な作品である。

文部科学大臣賞　「古代蓮」代島 千鶴（日本画）

古代蓮の咲く池を描いている。 古代蓮がみずみずしく咲き誇る様子を正確なデッサンと的確な色彩で見事に表現している。
構図も近景と中景の間に池の水を挟むことにより池を大きく広く感じさせている。 そして左上の遠景に続きやがて空間に到るのである。
ジグザグに目を辿らせる事により池の大きさや、そこに咲く蓮の花をじっくりと観賞させるかのようで巧みである。
そして何より夏の早朝の光溢れる水辺の爽やかな空気感が充分に表現されている。 そして池の水の色の補色である黄色やオレンジ色のスポットが、空間と中景から遠景にかけて散りばめられ夏の光や湿度を感じさせている見事な作品である。

外務大臣賞　「建物の記憶」韋　淋（日本画）

中国から日本画を学びに留学した経験のある作家の作品である。 中国の古い建物に塗り込められたかのような『時間』を掘り起こすかのように、ガラスや壁の煉瓦そして地面それぞれにマチエールに変化を持たせ重厚に表現している。 そして、グレーのくすんだ全体の色調の中にある、緑色の戸や窓枠に対してそれらの補色である赤い『おまじないのお札』の紙が大変印象的であり、この作品に生命力を与えている。 この建物がある中国の街の空気や独特の香りが漂ってきそうなリアリティのある見事な作品である。

東京都知事賞　「春」鈴木 京子（日本画）

七分咲きの梅の老木のもと、お茶会の準備であろうか毛氈の上に座り梅の小枝を見つめ、香りをきいているかのような着物姿の少女と、それを見守るようにやはり梅の小枝を持っている着物姿の姉であろう婦人が佇んでいる。 空間のグレーは、未だ肌寒い早春の空気感を巧く表しているが、七分咲きの枝の中の空間には本格的な温かい春の予感のような空気を感じさせるオレンジ色をほのかに見せていて繊細である。 人物二人の間に老木の幹があり、日本画伝統のたらしこみ技法を巧みに使って梅の古木の量感や存在感を大変よく表現されている。少女達は的確な太さと濃淡の墨による輪郭線を用いて表している。 日本画伝統の技法を巧みに使い表していても古さを感じさせない、凛とした表現となっている秀作である。 （一般より初出展）

東京都議会議長賞　「優美な思い出」サンブウ・ザヤサイハン（洋画）

モンゴルの宮廷にかかわる衣装であろうか。 日本や中国ましてや西欧の装束でもない衣装を身につけた婦人が、ラッパを奏でている様子を画面いっぱいに描いている。 そのエキゾチックな婦人の風貌と衣装は大変印象的である。 そうした異国風の珍しさ面白さ以上に、的確なデッサンと重厚で堅牢なマチエールが見事であり、見る者に強く訴える力がみなぎっている。 さらに補色対比を多用した色彩の知的組み立ては、この作品を深い美しさに導いている。

日本調剤芸術奨励賞　「子供達は地球をみている」相澤 るつ子（洋画）

作者のフランス在住のお孫さんとその友人の子供達の顔のみを連ねた作品である。 最も身近な存在の孫を核にしてその友人やそのまた友人といった具合に繋げてゆき、世界中の様々な地域・人種へ広げ作品化していく予定だそうである。 そしてそうした子供達の眼には全て地球が映っているのである。 この事は作者の現在の世界をどの様にとらえているかの重要な『鍵』なのであろう。 そしてそれは見る側に『あなたはどう思いますか』と問うているのである。 モダンで哲学的命題をも含んだこの作品は、手さばきの切れる正確なデッサン力で各々の表情を愛情深く生き生きと捉え見ごたえのあるものにしている。

日本調剤芸術奨励賞　「御神木」本間 亮次（洋画）

御神木である巨木の存在を平塗りすることなく、１センチ位のタッチを積み重ね描いている。 この木が辿って来た一瞬一瞬とその生命力の源を探るかのごとく、このタッチを積み上げている。 印象派の色彩を光の分解で表すためのタッチではなく自分の内面も含めてこの木の根源を探るタッチなのである。 そうした結果、木も根も空間迄もが軟体動物のようにうねりねじれ生命感そのものに止揚しているのである。 その結果御神木は若い作者そのもの、つまり自画像と化しているかの様である。強いインパクトのある秀作である。

モンゴル大使館賞　「恵雨万来」岡田　わ（押し花絵）

縦長の黒い空間の約半分は水車のまわる萱葺き屋根の村落と田畑といった長閑な風景が素直に表現されている。 しかしその上に広がる空には雨をもたらす雲が、細長い葉や穂先のある茎などにより抽象的に渦巻くように表現されている。 この上部の表現が、下部の良くある田舎の風景スケッチ的な表現を一味違った意外性とモダニズムを感じさせる作品にしていて見事である。

日本清興美術協会の受賞作品講評（2014年）

講評：理事長　��山 知也

清興大賞　「微風」南谷 紀久司（洋画）

何気ない林道を真正面から確かな描写力で、点描によることなく精緻に道の砂利や草木の葉などを表現している。 だからと言って硬くなることなく、森の空気、温度湿度さえも感じさせ、爽やかな画面である。 さらに道を横切る木々の影の間隔は、画面に心地よいリズムが知的に計算され巧みである。

清興優賞　「天高く上州ゴロピカリ」成田 順子（ボタニカル）

一見モノトーンに見える画面は、見る者にこの作品の背後にある作者の思いを感じ考えさせる効果がある。
稲・スズメ・かかし・草・トンボなど多くのモチーフを旨く構成することにより、過度の饒舌さを感じさせず自然である。
確かな技術で楽しんで自分の物語を表現している秀作である。

会員奨励賞　「ひととき」佐々木 孝子（洋画）

バレリーナであろうか、ナイーブな横顔の若い女性の座像である。
華奢な肢体の凛とした美しさは、印象的な鎖骨の表現に見られるように確かなデッサン力によるものである。
さらに暗いトーンの色調のバックは、肌の生き生きとした色彩により、より美しく深い魅力的空間表現となっている。

会員奨励賞　「Ｋさん」平尾 冨美（洋画）

赤いスカートが鮮烈であり、この作品を見た第一印象を決定的なものとしている。
作者の絵画的意図がストレートに伝わって来て明快である。
さらにそれに対比するモデルの情熱的眼差しも釣り合っている。 個性の強い作品である。

会員努力賞　「子供の情景」香川 温子（葉彩画）

葉彩画ならではの様々なベージュのトーンで美しく表現された秀作である。
子供たちのデッサンは正確で、かつ生き生きと描写している。 さらに作者の子供への暖かな眼差しが画面の隅々までゆきとどいている。
それは、作品の中の子供が掲げている子供の絵の表現に見ることが出来る。
この作者の高度な技術による表現力の確かさは見事である。

会員努力賞　「Ｍｏｍｅｎｔｏｓ」木崎 奈々（洋画）

月齢の中で踊る女性を中心に描いている。
この作者独特の『動き』を表している空間に盛り上げ描かれる様々な長さの円弧は、踊る女性の動きと共に時間（月齢）をも表現し、巧みである。
様々な『可愛い』モチーフはこの作品に女性らしいロマンティックさを与えていて楽しい作品となっている。

会友奨励賞　「牡丹」寺田 希琳（押し花）

異国風な空間の中に牡丹を中心に活けられた花々が豪華な画面を構成している。花の王者の様な牡丹はそれだけで、決定的な空間を作り出すので、作者の『思い』の強さを試されるモチーフである。
それを見事に自己のモノにしていて素晴らしい。どこかオリエンタルな香りをも感じられる作品である。

会友奨励賞　「ビルの谷間の映り込み」保高 達郎（洋画）

画題の言う通りの画面である。 作品を目にした瞬間誰もが一度は経験したことであろう記憶がよみがえる。
都会のビル街で良く目にする視覚的な面白さを表現した作品である。
全体の色調を様々なグレーのモノトーンで表すことにより、都会の孤独感をも感じさせるクールでモダンな作品である。

会友努力賞　「夏の庭２」幸田 冨紀子（洋画）

空間もモチーフの花々も大胆な平面処理で描かれている。
それにより、現実感が薄れ、真夏の庭がまるで夢の世界の様に表現され、美しい絵画的空間となっている。
浮かんでいるような、白を始めとする花々が実に美しい。

会友努力賞　「ラン（ブラッシア）」町田 美恵（ボタニカル）

確かな作画技術で丁寧に心をこめて素直に描いている。
それ故作者がこの蘭に対する深い愛情を伴う眼差しが画面から溢れてくるようである。
奇をてらわない真面目な優しさによる秀作である。

新人賞　「キャノンボールツリー」隈部 誠之（ボタニカル）

新人とはとても言えない確かな技術と精緻な表現を持続する強い心を持つ作家である。
珍しい植物に対する興味を見る者にも作者と共に体験させていくかの様な、一筆一筆の積み重ねは実に見事である。
画面全体から迫力がみなぎって来る秀作である。

一般奨励賞　「雪の街角」小林 恵美子（水墨画）

雪しまく街角の静かな風景が描かれている。しんしんと降る雪と静かな家々の響き合う音なき音が聞こえてきそうである。
水墨画独特の墨と水と和紙の織りなす繊細な世界が、情感あふれ美しく表現されている。

一般奨励賞　「祈望」柳　誠一（ペン画）

仏像をペンによる細い線のタッチで精緻に、画題の如く『望み・祈る』が如く心をこめて描いている。
こうしたモチーフは、とかく『心を描ければ良いのだ・・・』と『味』とか『洒脱』に走る作家が残念ながら多いのである。
しかし確かなデッサン力があってこそ『究極の心』の表現がかなうのである。 正確なデッサン力はその第一歩なのである。この作品はその事を雄弁に表している秀作である。

一般努力賞　「雲豹」浦野 晶子（日本画）

近年、動物画を描く日本画家が大変少なくなっている中で、こうした作品は貴重といえよう。 しかも若い女性の作家であることも日本画の将来においても重要である。
珍しい雲豹に対して作者が、どれ程深い愛情を持って観察し描いているかが、あふれ出てくる画面である。
デッサンも正確であり、豹の表情やポーズ、細かい足の裏に至る観察、そして一本も見逃さないような気概を感じさせる日本画独特の『毛描き』など確かな表現が見事である。

一般努力賞　「富士」宮下 直樹（鉛筆画）

一見まるで写真かと思わせるような作品である。
しかし正確なデッサン力と鉛筆を巧みに使う高い技術は、鉛筆の黒鉛の独特の発色を美しく見せている。
真冬の富士は斜面の雪が氷つき光って見えるものだが、その厳しい表情と気温迄伝わって来るようである。

一般佳作賞　「粲粲」石井 政雄（日本画）

ひまわりを深く見つめ描くその高い描写力は、うねる様に溢れる濃密な強い生命力まで表現し迫力に満ちている秀作である。
画面右上の黒々とした空間は、ひまわりの黄色と強く対比する知的な色彩構成が印象をより強めている。

一般佳作賞　「桂浜」杉野　睦（水墨画）

瓢瓢とした味わいが深い作品である。
作者の心が墨と水により和紙に滲んでいるかのようで、あらためて水墨画の良さを思わせる秀作である。
点景の赤い小屋が画面を引き締め見事である。

モンゴル佳作賞　「ジャーマンアイリス」山田 由美子（ボタニカル）

正確なデッサンと確かな彩色に加え、何よりも知的な構図が素晴らしい作品である。
花・つぼみをＷ型に組み合わせ配置し、葉や茎で区切る空間には同じ大きさや形がなく退屈させない美しいリズム感がある。

学生奨励賞　「海の知らせ」河野 百夏（洋画）

初々しい感性に触れてくるモチーフにより、若者に訪れて来る『夏の予感』の様な思いを大画面に挑戦し描いている。 「自分の好きなものを好きなように楽しんで描く」という制作の原点を、改めて考えさせられる作品である。 今後の更なる成長を期待するものである。

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